夜行日帰りの東京紀行

(おことわり)本文は、前所有者「Kansai K2 Express」が記述したものを、本人の許可を得て載せています

土曜日の夜8時、仕事の疲れをいやす間もなく、JR京都線・琵琶湖線新快速に飛び乗った。そして、乗ること1時間5分、米原到着。ここから、東海道線普通に乗り換え。夜更けの伊吹野を駆け抜け、40分後、大垣へ。
ここから、当駅始発東京行きの全車指定夜行快速「ムーンライト・ながら」に乗るわけだが、発車まで40分ほどあるため、橋上駅舎内で待機。
そして、23時前。1番のりばに入線。発車時刻は23時8分。最後尾の1号車に乗車。
しかし、発車時刻になってもドアが閉まらない。なぜか。それは、米原からの普通の到着が遅れていたからであった。結局、発車したのは、3分遅れの23時11分であった。

名古屋を過ぎたところまでは起きていたが、さすがに仕事疲れには勝てず、爆睡。次に目が覚めたときは、日付が変わっていて、清水あたりを走っていた。
ここからは、なぜか、眠りが浅くなり、熱海小田原横浜あたりで覚める。そろそろ終点に近づいたため、降車準備(荷物は軽いが)。こうして、4時47分東京へ。
着いても、開いているのはコンビニくらい。最初の目的地は、羽田空港。一度も行ったことがないので。山手線で浜松町へ。しかし、モノレールの始発は5時10分。とにかく冷える。
5時半過ぎ、日の出前の羽田空港へ。とにかく、広い、の一言。伊丹・関空とは比べものにならない。帰りは、京浜急行で品川へ。

この後は、10時近くまで、ぶらぶら。というのも、秋葉原の電気街は、この時刻でないと目が覚めないから。
まずは、新宿へ。と言っても、歌舞伎町へ行く考えは、毛頭ない。そんな考えは、小紀行をする身にとっては、邪道である。
ふと、池袋側の端に行くと、見たことのあるビルが。そう、平日(月~金)の昼の某番組が行われるあのビルである。(左の写真を見れば分かるであろう)
結構時間があるので、中央・総武線に乗ることに。今度は、東京ドームが見えたので、ここで1枚。

秋葉原を過ぎると、両国へ。両国といえば、国技館
あ、そろそろ上野で、あの列車が来る。急がなくては。何かといえば、寝台特急「カシオペア」である。到着は9時21分。秋葉原を経て上野へ。
ところが、到着ホームに来ると、放送が。
「お客様に申し上げます。9時21分到着予定の、特急「カシオペア」は、ただいま大宮駅を発車しました。到着は40分ほど遅れます。」と。後で行く予定だった、浅草に、先に行くことに。しかし、余裕がないので、撮影だけで終わったが。

10時前に、再び上野駅へ。
待つこと10分、ようやく「カシオペア」が到着。しかし、予定が狂い、大急ぎで秋葉原へ。まずは、交通博物館
18年前に行って以来、2回目。大きくは変わっていないものの、航空機のシート(ビジネスクラスの)は、いいですね。(しかし、リクライニング不能。)こうして、しばし、長距離旅行気分。
オッと、いけない。もう昼になる。電気街に行かなくては。それに、昼食もとらなくては。

昼食の場所は、出発前から、もう決めている。そう、「九州じゃんがららぁめん」である。だが、長い列ができている。30分並び、「全部入り」1杯を食べる。並んでまで食べるのか、と聞かれそうだが、
電気街の腹ごしらえ、秋葉原の「九州じゃんがららぁめん」、日本橋の「こけし」
が、電気街を熟知している人の鉄則である。
食後、短時間でパーツ関連を中心に、回る。日曜日だから、メインストリートは歩行者天国でいいのだが、店の中は、動きがとりにくい。
13時30分。帰りの電車に乗るため、東京駅へ。乗るのは、14時3分発、普通熱海行き。土産を買って、ホームへ上がると、すでに来ている。車掌さんに、熱海接続の普通に近い車両を聞くと、6~7号車という。

15両編成の東海道線普通に揺られると、睡魔におそわれて、眠くなった。荷物が多いため、窓横の掛け具と、網棚に置いているが、満員状態であるために、落ち着かなかった。
16時前、熱海へ。ここから、浜松行きの普通に。これに3時間近く乗ったが、車両が最悪であった。ロングシート。しかもトイレなし。
沼津と静岡で混んだものの、四五駅先で降車が相次いだため、たいていはすいていた。日も沈み、やや混んできた頃、ようやく浜松へ。
次は、快速大垣行きで豊橋へ。豊橋で降りるのは、岐阜で、豊橋始発の新快速米原行きに抜かれるからである。

豊橋で、30分待って、新快速に乗車。疲れもピークに達し、乗車時間約2時間の内、ほとんど睡眠。
21時5分、米原へ。ここからは、普通(京都~明石は快速)網干行きに乗車。いつもの電車に乗るだけに、戻ったことを実感。ようやく、大阪に帰り、家に着いたのは、23時前。
今度は、もう1日過ごせるプランを組もうかと考えている次第である。

しまい。